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井原和洋
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サントリー山崎工場 [雑文]

 

大山崎山荘美術館を後にして、夕方まで何も予定がなかった。

山を降りて、JR山崎駅の方へ向かったのだが、近くにサントリー

山崎工場があることは知っていた。

インターネットで工場見学の予定を見たらすべての時間が予約で満

員だったのだが、入口まででも行ってみようとテクテク約10分ほど

線路沿いの道のりを歩いた。 

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霧にけぶる山の麓にドーンと工場があった。

この霧が発生するような土地がまたウィスキー作りにはいいらしい。 

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工場の入口の受付に行って、恐る恐る聞いてみたら

、、、ちょっと後の時間に空きがあるというではないか。

と、いうわけで、工場見学をしてきました。

小学校の時に、長崎の長工醤油、雪印の工場や、転校した博多で

北九州工業地帯に行ったことを思い出す。

三年ほど前に京都・伏見の月桂冠や黄桜も行ったっけ。

もちろん試飲付き。試飲、試食は工場見学の楽しみのひとつです。

30人ほどのグループでガイドさんに連れられて中をめぐる。

あんなにがぶがぶ飲んでいるのに、ちっとも工程を知らなかった。(反省) 

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まず砕いた大麦をお温水に入れると、麦のでんぷん質が糖分に変わる。 

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濾過した液体に酵母を加えて発酵させもろみとなる。

だから醤油や味噌の香りがした。

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そんでもって、そのもろみをこのでかいポットスチルという蒸留器にいれ

二度蒸留する。

ここには12台のポットスチルがあり、形がそれぞれ違っている。

ポットスチルの形によって出来上がる原酒(ニューポット)のタイプが

違うそうだ。

この原酒はアルコール70%くらいで透明の液体。 

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そんでもって、ニューポットをホワイトオークなどで作った樽に入れ長期間

貯蔵する。

樽の成分が原酒に溶け出し、あの琥珀色を作る。そしていらない成分が

除去されるようだ。 

そして、「山崎」は(「白州」も)同じ蒸留所のモルトウイスキーの原酒だけを

組み合わせて作っている。

これが「シングルモルト」だ。(ほかの原酒との組み合わせで作ったものは

「フレンデッドウイスキー」※響やローヤル

そしてこれらの原酒をブレーンダーと呼ばれる職人さんたちが、ブレンドして

ひとつのウイスキーとして完成させるのだ。

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これは80年くらい前に作られた山崎工場第1号の樽。

ひっそりと静かだが、日本のウイスキーの誕生を今に伝える輝かしい自信に

満ちた存在感を醸し出していた。 

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見学の終りは山崎、白州の試飲。ハイボールやロックやストレート

で味わいながらゆっくり飲ませていただきました。

いつもと違う味がしました。

とても美味しかった。 

 

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山崎駅のすぐそばに、利休が作った茶室「妙喜庵」(国宝)もある。

※往復はがきで予約制 

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工場見学はモノの成り立ちを楽しく学ぶことができ、商品に対する

尊敬の念が生まれる。

そして、、創業者や作る人たちの夢や思いを、跡を継いだ人たちが

とても大事にしていることがよくわかる。

工場見学に行きましょう!  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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久々京都へ ~大山崎山荘美術館「野口哲哉展」 [雑文]

 
戦国の武将たちに、現代のデザインを纏わせ携帯やゼロハリなどを
 
もたせたらどうなるか。
 
、、、、、違和感が全くない。 
 
むしろ昔の日本のデザイン感覚は優れていたのだなあ、と改めて思った
 
「野口哲哉展」フィギュアも精巧で、リアル。
 
サンタクロースの武将の掛け軸などは、有名なお寺に飾ってモニタリング
 
してみたい。 
 
遠目では誰も気づかないだろう。
 
不思議な世界に誘ってくれる展覧会でした。 
 
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この美術館がある山崎は、本能寺の変の後に明智光秀と秀吉が戦った
 
「山崎の戦い」の舞台でありうしろに「天王山」をひかえている。 
 
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ここは実業家加賀正太郎が昭和時代初期に建てた英国風の山荘の建物を
 
復元整備し1996年に美術館として開館したものだそうだ。
 
コレクションの中核は、アサヒビール創業者で「民芸運動」を支援した
 
山本為三郎収蔵品の数々。河井寛次郎、バーナード・リーチ、濱田庄司、
 
富本憲吉、棟方志功、芹沢けい(金へんに土ふたつ)介などの作家たちの
 
作品が展示されている。
 
ほかにも、モネの「睡蓮」、ブラマンク、モディリアニ、クレー、ジャコメッティ、
 
ムーアなどの作品も展示されている。
 
本館に隣接する建物は安藤忠雄設計。
 
加賀正太郎の没後に所有者が変わってから荒廃し、取り壊して高層マンション
 
を建設する計画があったが、保存運動が高まり1996年に今日のように私立
 
美術館として再生された。 
 
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(文章の一部はWikipediaのパクリ・コピペです。ブログもだめなのか!?) 

加賀正太郎は壽屋(現サントリー)で山崎蒸溜所をたちあげたものの

オーナーと離れ独自でウイスキー製造に乗り出した竹鶴政孝を支援して

ニッカウヰスキー創立に参加した。

いまやニッカはアサヒビールの子会社。

いろんなご縁があったのですね。

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山崎の地で木津川・宇治川・桂川が淀川に合流している。
 
昔から交通の要衝だったのですね。この地で開催された現代によみがえる
 
戦国武将たちの佇まいは、全く違和感がなく、逆にこの地に相応しかった
 
ように思う。
 
小雨に濡れた木々の緑に身も心も癒された。
 
 
 
「野口哲哉展」 
 
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https://www.youtube.com/watch?v=55E9E6D3FXg 練馬区立美術館(終了) 

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2014長崎ランタンフェスティバル [雑文]

 

1年ぶりの帰郷は雨の長崎。

折しもランタン祭りの真っ最中で街が赤く染まっていました。 

 

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今年の干支は「午(うま)」 

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清水崑作かっぱの「ぼんた君」と子鯨。 

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崇福寺に足を伸ばす。 

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雨もなかなかいいものでした。長崎は雨が似合う。 

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翌日の土曜日はいい天気でした。

しかし東京は45年ぶりの大雪でしたね。

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母の墓参りに行くと梅が咲き始めていました。 

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日曜日はまた曇りでしたが、親戚友人たちと久しぶりに再会したり、中華を食べたり、

ランタンの街をのんびり散歩したりしてきました。

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「祈りの丘絵本美術館」

南山手にあります。

とてもおすすめの場所です。

http://www.douwakan.co.jp/museum  

 

 

 

 


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ペコロスの母に会いに行く 第87回キネマ旬報ベストテン日本映画第1位 [雑文]

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キネマ旬報ベストテン第1位。おめでとうございます!!

うれしかった。

「女生きてます」シリーズの森崎東がこの映画を撮ると聞いた時から

完成が待ち遠しかった。

原作の漫画も読んだ。

私のふるさとでもある長崎の町のあちらこちらが出てくるお話は

主人公のゆういちが自分にもダブり、ペコロスの母が亡き母や祖母や

親戚のおばさんたちにもダブり、引き込まれていった。

映画が完成。名古屋の初日を見に行った。

主人公のみつえは認知症が進んだときに、会えなくなった人たちみんなに会えた。

ボケも悪かことじゃなかかもしれん。泣いた。

ゆういちのような息子がいてしあわせなのかもしれん。母の幸せが息子の幸せとすれば

ゆういちも幸せ。 

漫画のほのぼのとしたタッチにも似て、映画もほのぼの進んでいくが、さりげなく鋭い

現実が織り込まれ、ラストの感動につながる。

森崎東の執念、思いがものすごく伝わってきた。 映画の力をあらためて感じさせられた。

年をとったせいかもしれません。

ロケで出てきた斜面地の近くにかつて私の母のおばが住んでいて亡くなる数年前に一度

訪ねたことがある。

そのおばは戦後すぐご主人を亡くされ 、辛い仕事をやりながら娘三人を育てられた。

十年ぶりくらいに会った私を見てそのおばは(もう九十歳を越えていた)開口一番、

「どげんしたとね、その頭は!」

と私の薄くなった頭を見て大声を出したことを思い出した。おばはそのとき私がまだ子供

だった頃に戻ったのかもしれない。

関係者の皆さんお疲れさまでした。そしておめでとうございます。

 

 

 

 


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2014年明けましておめでとうございます。 [雑文]

去年の後半はブログの更新もままならないほど

公私ともにいろんな出来事がありました。

今年は平穏無事に過ごしたいものです(希望)

年末年始は東京で過ごしましたが、明日から名古屋で

又始動します。

アベ政権の横暴ぶりが目にあまり、今年四月には消費税も

上がり、被災地の復興もままならず、景気のいい話は一部

だけの話。憲法を無視して戦争をやりかねない危険な人たちには

国の舵取りなど任せられません。

お正月にはみんなが幸せにいつも箱根駅伝を見ながらおせちが

食べられますように。

平和を祈って今年は闘って行こうと思います。

皆様今年もよろしくお願いいたします。

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暑中お見舞い申し上げます。 [雑文]

 

皆様お久しぶりです。

病気もせずに生きておりました。 

相変わらずあちこち出没したり、名古屋で引越したりして(名古屋では二度目)し、気付いたら

夏真っ盛り、戦後68年目の夏。今日は広島原爆忌。 

 

先週、半年ぶりにこのブログを更新しようとしてID、パスワードを入れても、うんともすんとも言わず、

ようやくサポートデスクと連絡がついた。

以下のことのようでした。

 

・・・前略・・・


ログインにつきまして、ご案内いたします。

お客さまのユーザーIDは、2013年5月20日に弊社にて変更しており、
現在【XXXXXXX@XXX】でございます。

パスワードに変更はございませんので、大変恐れ入りますが、
上記ユーザーIDと、これまでのパスワードをご利用の上、
ログインを行っていただけますよう、お願いいたします。

・・・中略・・・

■ユーザーIDの変更について

 昨今、インターネット上では、ユーザーIDを不正に取得、
 利用した事件が多発しており、そのような事件に
 巻き込まれないためには、他人にユーザーIDを
 知られないようにすることが重要となります。

 お客さまの以前のユーザーIDは、メールアドレスの一部と
 同じ文字列のため、他人がお客さまのユーザーIDを
 推測できる状態でございました。

 そのため、弊社では、所定の期日までに、ユーザーIDを
 ご変更いただくよう、メールにてご案内をお送りしており、
 期日までにお客さまによる変更が確認できない場合には、
 弊社にて自動変更を実施する旨をご通知いたしておりました。

 今回、所定の期日までに、お客さまによる変更手続きが
 確認できませんでしたため、大変恐れ入りますが、
 弊社にて自動変更いたしました。

また、ユーザーIDは、現在のユーザーIDから変更することも可能です。

ユーザーIDの変更は、下記Webページよりお手続きいただけますので、
変更をご希望の場合は、ご利用ください。

・・・以下略・・・

 

そうだったのか。 私に代わって変更してくれていたんだ。

わがままを申せば、変更した後のことをお知らせしてほしかった。

気づくまで時間がかかりましたよ。 

春頃何かバタバタしていて、そんなメールが来ていたような気もするがすっかり忘れていて

ブログも放置していたためこんな事態になりましたが、ようやくまた復活いたしました。

またよろしくお願いいたします。

 

1988年8月公開TOMORROW 明日』(トゥモロー あした) 

長崎の原爆前夜の話です。

私の両親や祖父母、親戚たちのことを見ているような気がして岩波ホールで見た後、

都営線神保町駅のホームで号泣したことを覚えている。 

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上五島・浜串 漁師たちを見守る希望の聖母 

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皆様ご自愛ください。

 


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新潟の旅 2月 [雑文]

 

もううかうかしてましたら桜が咲いたのなんなの。

3月もあっという間に終わろうとしています。

2月15日から初めて新潟に行ったのでその時のことなど遅ればせながら。 

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新潟は生まれて初めての土地。

柏崎に用があったので、後輩の住む街新潟にその前にと思っていきました。 

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1年後輩の彼はもう新潟に来て13年。

私とも23年ぶりの再会でした。 

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新潟名物へぎそば。いやあうまかった。

 

翌日は長岡へ。 

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南国生まれの私は雪がたくさんあるとなぜか興奮。 

 

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長岡駅前のイトーヨーカドーで防水のウォーキングシューズなど購入。 

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新潟は酒どころ。朝日山や〆張鶴や八海山や久保田やたくさんの銘酒がある。

なぜか飲みたくなってしまう。 

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また長岡藩の河井継之助、山本五十六などを輩出した土地柄でもある。

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長岡市役所が入るアオーレ長岡。隈研吾設計。 

長岡は大三尺玉などの花火でも有名。 ちょうど花火サミットなども開催されていた。

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夜の長岡一人酒。 

翌日は東京組と柏崎で合流。 アルフォーレ柏崎へ。

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今年9月7日に。河村典子さんのヴァイオリンコンサートを開こうと

会場を下見に来たのだ。 

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柏崎の海。

このあと東京に戻り。

3月は京都、長崎と旅が続いた。 

 

 

 


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あらためまして [雑文]

今日1月11日は鏡開き。

鏡開きとは、お正月に神仏にお供えした鏡餅を下げて、神仏に感謝し無病息災など

を祈って、お汁粉や雑煮などで食べる日本の年中行事、とある。

ある事務所の鏡餅が、正月が終わって用が無くなった、とばかりに事務員に捨てられた

との話を聞き、ヤレヤレと思いながらあらためて調べてみたのである。

まったく罰当たりな世の中になってしまった。 

最近はお正月らしさが少なくなり、いつの間にかまた普段の忙しさの中に紛れようと

している。

今年は節目節目に日本の文化を見直していきたいと思います。 

 

新しき(あらたしき) 年の始めの 初春の(はつはるの) 

今日降る雪の いや重け吉事(いやしけよごと)

 

『新しい年の始めの、初春の今日降る雪のように、良いことが積み重なりますように。』

4,500以上の歌を集めた万葉集最後の歌、大伴家持。

 

どんな年になるかわかりませんが、気持ちも新たにスタートしたいと思います。 


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手紙 極私的な [雑文]


今日で三が日も終わり明日は仕事始め。
 
正月は東京で過ごしました。
 
今は新幹線で名古屋に向かっている最中です。
 
東京には小さなアトリエを借りていて、そこには
 
本や過去の資料、CD、LP!、写真、置物、食器
 
など実に様々なものを段ボールにいれておいてあったのですが、
 
年末年始でようやく少しは椅子に座ってお茶でものみながら本でも
 
読めるようにあらかた整理しました。(つもり)
 
まあ気持ちが良かった。
 
その様々なものの中に一つの箱があった。
 
その箱の中には私が三十七年前上京してからとってあった手紙が
 
束になって入っていた。
 
箱があるのはわかっていたが、中野沼袋、武蔵野市中町、新宿富久町、初台、
 
荻窪、東池袋、江戸川瑞江と度々引越しをしたために、その箱に手紙をいれたまま
 
点々としていたのだ。
 
改めて箱を開いて手紙の差出人やハガキなどを読んで見た。
 
友人や先輩や肉親たちの手紙が数多く入っていた。
 
その中で両親の手紙を幾つか取り出して読んでみたが、心配のかけどおしだった
 
のが改めてよくわかる。
 
体のこと、学校のこと、お金のこと、進路のこと、、、文面には私の生活のいろんなことを
 
心配して書いてある。
 
この年になって改めて申し訳なく思ったり、感謝したり。お恥ずかしい限りです。
 
この手紙たちは、肉筆だからこそ今も私に語りかけてくれているよう思えた。
 
読みながら笑ったり、涙したり、あの頃の自分に戻って、
 
うん、うん、わかった。ちゃんとするけん。
 
今はもういない母や亡き友人の手紙に答えた。
 
手紙は別の箱に入れ替えて今住んでいる名古屋に送った。時間を見つけて整理しようと思う。
 
日付をみるとその手紙やハガキも年賀状を除けば、十数年前から無くなって来ている。
 
携帯電話やメールのやり取りで手紙を書かなくなったからだろう。
 
私はできる限り肉筆で手紙(ハガキ)を書き続けようと思っている。
 
、、、という文章を新幹線の中でiPadを使って書いている!!

たくさんのハガキの中から、2001年11月14日に亡くなった我が師匠に頂いたものが
 
出てきたので、紹介します。以下。

御葉書落手
十六日、観せていただきます。(注;私の公演案内に対する返事)

世紀末に対する十九世紀と今日の認識の違いは、余りにも今日は、楽天的。
 
来世紀は星一つもらってアメリカの一州を目ざしているのでしょうか。
 
安全神話は、新幹線、経済、被爆(原子力)、犯罪、教育、すべてにおいてくずれ去りました。
 
エゴだけ、ウソをつく、効率主義、リストラ、地方崩壊、キレル、文化低レヴェル、介護、老人、
 
家族崩壊、最悪、エトセトラ、エトセトラ、、、

1999年10月の葉書です。

さて十四年後の今年はどんな年でしょうか。

流されまいぞ!
 
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